臨済宗妙心寺派社会事業協会
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釈迦十大弟子
 
十大弟子像について
釈迦十大弟子像(等身大)は、仏師中村晋也氏が平成9年十大弟子の製作を志され、6年の歳月を経て完成。同15年薬師寺大講堂完成時に奉納されました。この鋳像の高い精神性に感銘を受けられた稲盛和夫氏(京セラ株式会社創業者名誉会長)が中村晋也氏に製作を懇願され、新たに出来上がった十大弟子像は、稲盛氏の心からの師である第三十一代妙心寺管長意窟西片擔雪老大師に贈呈され、現在京都八幡圓福寺専門道場に祀られています。作者中村晋也氏は日本芸術院会員で、文化功労者、紺綬褒章を受章されています。製作にあたっては、インドはもとより、タイ、ネパール、スリランカ等各所仏蹟をめぐり、今を生きる姿、現在の人間として本性を真剣にに求める弟子はこのような姿であろうと想像し、誠心誠意全力を投入し製作されました。語りかけるような顔、人柄を表す体形、心を表す手、何事にも踏み堪える足、袈裟を纏い熾烈な生き様を示す姿等、頭から足、踏みとどまる岩に至るまで中村氏の十大弟子に対する並々ならぬ思いが感じられる作品であります。この弟子像が、修行僧のみならず現在に生きる人々の良き先達としてそのあるがままの姿で争いのない幸福で平和なより良い世界へと導いてくれる存在であることを願われています。これが平成の釈迦十大弟子像と言われる所以です。
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1月    妙心寺仏殿拈華釈迦座像
拈華釈迦座像は、脇侍に摩訶迦葉と阿難陀立像を祀る。釈迦像は蓮華を大衆に示す場面を表したもので、摩訶迦葉のみが微笑した拈華微笑の故事によるもの。阿難陀は仏陀の侍者として終始影の如く側近につかえ、一言一句釈迦の説教を良く記憶していた。
        7月  釈迦十大弟子
説法第一
富楼那=プンナ=
釈迦降誕の日に生まれる。容姿端麗にし
て聡明、俗を嫌い解脱を求めて出家する
。修行すること二十年、阿羅漢果を得る
。法を説く弁才に優れ、大衆を歓喜させ
る。印度西部の凶悪粗暴の故郷で不惜身
命、聞く人の心に寄り添う対機説法によ
り解脱した者九万余人、精舎を建立する
こ五百に及んだとされる。
2月    釈迦十大弟子
頭陀第一
摩訶迦葉=マハーカッサパ=

多聞第一
阿難陀=アーナンダ=
「正方眼 涅槃妙心 実相無想 微妙の法門あり 不立文字 教外別伝摩訶迦葉に付属す」(無門関第六則 世尊拈華)禅宗の「以心伝心」付法の初祖と第二祖。
  8月  釈迦十大弟子
論議第一
迦旃延=カッチャーナ=
印度中部阿般提国の人で王命を受けて仏
を迎えに行くが、説法を聞いてすぐさま
帰依し出家する。帰郷後王を教化し、諸
国をめぐり多くの人に教えを説く。論議
巧みで釈迦の説かれた諸経の奥義をよく
分別理解しその教えを敷衍する。仏滅後
も辺境の地を歴訪して、多くの人々を教
化し出家させる。  
 3月     釈迦十大弟子
智慧第一
舎利弗=サーリプッタ=
目犍連と共に仏に帰依し、半月で阿羅漢果を証す。常に仏に随従する。般若心経は舎利弗に説法されたもので、般若の「空」の真理を理解し、大智慧、広智慧、深智慧を持し、少欲知足、正念相続、持戒多聞、一を聞いて百を知る故に智慧第一と称される。仏陀と別れた後、三か月にして入滅す。 
  9月   釈迦十大弟子
天眼第一
阿那律=アヌルッダ=
釈迦説法の場で居眠りをして比丘たちの
そしりを受ける。失態を反省し不眠の誓
いを立て失明するに至る。視力を失った
ことで永遠の真理を看る心眼を開く。修
行精進する事教団の模範とされる。釈迦
涅槃の時荼毘の采配をするが着火せず、
天眼により摩訶迦葉を探し、到着を待ち
漸く荼毘に付すことが出来た。
 4月   釈迦十大弟子
神通第一
目犍連=モッガラーナ=
舎利弗と共に出家、七日にして阿羅漢果を証す。釈迦は餓鬼道で苦しんでいる母を救おうとする目連のために盂蘭盆経を教説した。お盆行事の始まり。超自然能力に優れ、十方を飛翔するための神通力を持つ。輪廻の理を悟り、叡智により自己の運命を受容し、兇徒の刃に倒れる。仏、舎利弗に先駆け入滅す。
 10月 釈迦十大弟子
持律第一
優波離=ウパーリ=
迦毘羅城の人で釈迦族の王室に仕える理
髪師。賤民であった為に衆と同席出来な
かったが釈迦が教団に加えることを許し
た。これは仏教が貴賤を問わない四性の
平等を唱えた初めである。教えられた戒
律を忠実に実践した人。律に精通し、第
一結集のとき摩訶迦葉は優波離を最初に
選び誦出を行った。
  5月 釈迦十大弟子
頭陀第一
魔訶迦葉=マハーカッサパ=
妻の陀迦毘羅と共に仏弟子となり、八日目に阿羅漢果を得。釈尊が法を伝えた第一番目の人。少欲知足にして常に糞掃衣を纏い托鉢を行じ、教団の上首として尊敬される。佛滅後教えを伝える会議を主催した三長老の一人。経は阿難、律は優波離が誦出する。香木に包まれた釈迦の金棺に火を灯し荼毘に付した人。  
  11月 釈迦十大弟子
密行第一
羅睺羅=ラーフラ=
迦毘羅城の生まれ。父釈迦は生誕七日後
に城を出て修行の旅に出る。母は耶輸陀
羅。羅睺羅は修行の障り、束縛になると
言う意味で、祖父
浄飯王が命名したとさ
れる。釈迦成道の後帰郷された時父に従
い出家する。戒律をよく守り、山野で瞑
想、独座修行に励むこと第一とされる。
十六羅漢の十一番目の人。
  6月  釈迦十大弟子
解空第一
須菩提=スブーティ=
祇園精舎を寄進した須達多長者の甥。端正殊妙、智慧聡明にして及ぶものが無かった。空定を楽しみ、空の義を理解すること第一で、大乗経典にしばしば登場する。般若経は釈迦が須菩提に対して語られたもの。人と争わない、諍いを起こさない無諍第一 人から多くの篤い供養を受け被供養第一とも言われる。 
 12月  釈迦十大弟子
多聞第一
阿難陀=アーナンダ=
釈迦の従弟 出家後二十五年の長きにわ
たり釈迦の侍者として側近につかえ、そ
の教えを明確に記憶していた。仏陀の養
母、妃、母が出家できたのは師の采配に
よるもので比丘尼集団の最初とされる。
第一結集前夜に大吾し、「如是我聞」と
説教を誦出し、「仏告阿難」と経典にそ
の名を多く残す。 
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